スージークーパー商品一覧
20世紀の英国で最も成功した女性のセラミックデザイナー、スージークーパーの陶磁器。イギリスで直接買い付けて来たものをご紹介しています。
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スージークーパー(Susie Cooper)のビンテージ食器、フラワーモチーフのコーヒーカップ&ソーサー(ブラック) (ssc-s68-1-B)
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13,800円(税込)在庫1セット
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スージークーパー(Susie Cooper)のビンテージ食器、ロングリーフのディナープレート (m-8351-z)
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14,500円(税込)在庫2枚
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英国から届いたスージークーパー、フレグランスシリーズのB&Bプレート (m-7946-z)
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14,200円(税込)ご成約済み
スージークーパーとは
1902年に生まれ、1995年に92歳で亡くなるまで、長い間、現役生活を続け、
イギリスのセラミックデザインのアイコンにもなっているスージークーパー。
日本では、1990年代半ばに「パトリシアンローズ」が火付け役となって、スージークーパーの作品が大人気になり、注目されるようになりました。
かつて、英国のどの家庭でも毎日の食卓で使われたスージークーパーの食器は、ロイヤルファミリーが愛し、さらに最近ではコレクターも増えて大手オークションハウスにも出るようになった、世界中でファンを魅了し続けている陶磁器です。
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グレイズ窯の時代
小さい頃から絵がとても上手だったスージー。11歳の時にお父さんを亡くし、家族と一緒に父の残した事業を手伝いました。
第一次世界大戦が終わり、1918年に地元の美術学校に入学したスージーは、芸術の基礎をいろいろ学び、20歳になった1922年に陶板の絵付けのスタジオに入門しました。
その後、入社したグレイズ窯で、陶磁器のデザイナーとして数々の展覧会で入賞し、1926年に開催されたイギリスの産業フェアで、国王ジョージ5世に呼ばれ、握手を交わしたほどでした。 -
スージークーパー窯の時代
1929年10月29日の27歳の誕生日にグレイ窯を去り独立。スージークーパーポタリーを設立し、絵付けだけではなく、陶磁器の生地から自分の作りたいデザインを自由に作りはじめます。
ここから第2次世界大戦で工場の生産が中止されるまでが、スージーの黄金期。デザインも色彩も甘く優しくて華やかな、お花や動物が自由に描かれた模様がプリントされたアースンウェアが作り出されました。 -
ロイヤルファミリーのデザイナー
1932年のイギリス産業フェアの時もスージーのコーナーは大人気! かつて握手を交わした国王ジョージ5世の妃、メアリー王妃が購入したことで、スージーは絶大な支持をえるようになり人気になります。
その後、メアリー王妃の第一王子、エドワード皇太子がシンプソン夫人にピンクの「ドレスデンスプレイ」を送った4年後、スージーは「Royal Designer For Industry」に選ばれ、ロイヤルファミリーのデザイナーとして認められました。
私生活でも1938年に結婚、1943年に長男が誕生し、第二次世界大戦中で生産規制を受けていたこともあり、仕事が出来ない間を、育児に専念していました。 -
ボーンチャイナ
第二次世界大戦後、戦争で傷ついた人々の心を癒すのは自然界に存在する色だと考えたスージーは、アースカラーを中心に作品を作り出しました。
1950年代に入ると、貫入のない丈夫なボーンチャイナの時代が来ることを予想し、ボーンチャイナの会社を買収。スージークーパーチャイナを設立します。
スージーはデザインだけではなく、企画・構成・生産に至るまですべてを指揮し、バッキンガム宮殿から注文を受けたり、カナダやアメリカ、オーストラリア、南アフリカにブラジルなどに輸出を行い人気を集めました。
夫のセシルが亡くなったショックで4年間デザインが出来なくなってしまったスージーは、その後、フリーのデザイナーとして、ウェッジウッドと契約を結び、1987年には長年住んでいたスタッフォードから離れてマン島に移り、晩年をし過ごしました。
スージーが亡くなってから今も日本で大人気の陶磁器。ぜひ、使ってみませんか?
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